エフェクチュエーション(実効理論)とは?
エフェクチュエーション(実効理論)とは?
エフェクチュエーションの基本理解
エフェクチュエーションは、インドの経営学者サラス・サラスバシー氏によって提唱された理論で、優れた起業家に共通する思考プロセスや行動様式を体系化したものです。この理論は、成功を収めた起業家たちの考え方を明示し、市場創造における実効理論とも評されています。エフェクチュエーションは特に、不確実性の高い環境での意思決定プロセスを支援し、市場創造における実効的な方策を提供します。
①エフェクチュエーションの定義と起源
エフェクチュエーションは、起業家の思考を体系化し、学習可能なものとした理論です。これは個人起業家や社内起業家にとって有用な概念とされています。エフェクチュエーションの名前は、英語の “Effectual”(結果を生み出す効果がある)という形容詞と、変化を促す働きかけを意味する接尾語の “-ation” を組み合わせた言葉で、これにより「効果を生む」という意味合いを表現しています。
②エフェクチュエーションとコーゼーションの違い
エフェクチュエーションとコーゼーションの主な違いは、前者が未来の不確実性に焦点を当て、後者がより予測可能な状況を前提としている点にあります。エフェクチュエーションは、不確実性の高い状況での「コントロール」に重きを置く思考様式を提供し、これにより起業家は未知の市場や環境で効果的に機能することができます。
③エフェクチュエーションの重要性とビジネスへの適用
エフェクチュエーションは、新しい市場の創造や、不確実性の高いビジネス環境での意思決定を支援します。この理論は、現代の動的なビジネス環境において、企業家や経営者が直面する複雑で予測困難な問題を解決するための実用的なフレームワークを提供します。また、エフェクチュエーションは、個人や組織がリソースを効果的に活用し、新しい機会を創出する方法を示しています。
エフェクチュエーションの5つの原則 (The Five Principles of Effectuation)
エフェクチュエーションの理論は、不確実な状況下で効果的な意思決定を支援する5つの基本原則に基づいています。これらの原則は、起業家の成功の鍵とされており、新しいビジネスチャンスを創造し、市場を形成する助けとなります。
①「手中の鳥」(Bird in Hand)の原則
「手中の鳥」の原則は、起業家が新しいビジネスチャンスを創造する際に、手元にあるリソースを利用することを重視しています。サラスは「Who I am」「What I know」「Whom I know」という3つの手持ち手段を活用すべきだと提唱しており、自分の資質、知識、そして人脈を認識し、それらを利用することから始めると説明しています。
具体的な例としては、既存の技能や専門知識、そして人脈を利用して新しいビジネスチャンスを見つけ、それを基に新しいプロジェクトや企業を立ち上げることができます。これは、起業家が新しい方法や技術を開発するのではなく、既に持っているリソースを効果的に利用することの重要性を強調しています。
②「許容可能な損失」(Affordable Loss)の原則
次の原則である「許容可能な損失」は、未来の投資対効果をすぐに判断するのではなく、どれだけの損失を許容できるかをあらかじめ決定し、それに基づいて行動することを提唱しています。これは、大きなリスクを取るのではなく、許容できる範囲内で小さなステップを踏むことを意味しています。
この原則は、失敗を恐れずに新しいアプローチを試みることの重要性を強調し、小さな失敗から学び、それを次のプロセスへと持ち込むことができると説明しています。これにより、起業家は大きなリスクを回避しながらも、新しいビジネスチャンスを探求し、市場を拡大することができます。
③「クレイジーキルト」(Crazy-Quilt)の原則
「クレイジーキルト」の原則は、関係性やパートナーシップの重要性を強調しています。この原則では、自分を取り巻く周囲の関与者との関係性を築き、パートナーシップを形成することが重要であると説明しています。
具体的には、競合他社とのパートナーシップを築き、共に新しい市場を開拓することが重要であるとされています。これにより、異なるバックグラウンドを持つ人々と連携し、新しいビジネスチャンスを創造し、市場を拡大することが可能になります。
④「レモネード」(Lemonade)の原則
「レモネード」の原則は、予期せぬ問題やチャレンジをチャンスと捉えることの重要性を強調しています。具体的な例として、亀田製菓の「柿の種」のケースが挙げられています。当初は小判型のせんべいだったが、型抜きを間違えて三日月型で作ってしまったそうです。しかし、それが面白い形で食べやすいと評判になり、ヒット商品になりました。
この原則は、失敗や予期せぬ問題を避けるのではなく、それらを新しいチャンスと捉え、ポジティブな方法で対処することの重要性を強調しています。これにより、起業家は困難を乗り越え、新しいビジネスチャンスを探求することができます。
⑤「飛行機の中のパイロット」(Pilot-in-the-plane)の原則
最後の原則である「飛行機の中のパイロット」は、不確実な状況においても、起業家自身が現在の状況をコントロールし、未来を舵取りすることの重要性を強調しています。
飛行中のパイロットは操縦桿を握りながら計器の数値を常に確認し、変化する状況に応じて迅速に対応する必要があります。ビジネスの世界でも、不確実な状況においては、組織や法人として活動している人間が現在をコントロールしながら未来を舵取りすることが求められます。
エフェクチュエーションの実践方法 (Practical Methods of Effectuation)
エフェクチュエーションの実践は、ただ理論を学ぶだけでなく、実際の行動を通じて理解を深め、効果を発揮することが重要です。以下は、エフェクチュエーションを実践するための具体的な方法です。
① まず撃ってから狙って、もう1回撃つ
エフェクチュエーションを実践する上で、「まず撃ってから狙って、もう1回撃つ」というアプローチが推奨されています。この方法は、完璧な計画を立てる前に、まず行動を起こし、その結果を元に改善と再試行を行うことを意味しています1。これにより、実際の結果と反応を見ながら、プロジェクトやビジネスモデルを進化させることができます。
② 「アスキング(巻き込み力)」を磨き続ける
次に、「アスキング(巻き込み力)」を磨き続けることも重要です。このアプローチは、他人を巻き込む力を磨き、共創の機会を増やすことを目的としています1。関係者やパートナーとの連携を強化し、共に新しい価値を創造するプラットフォームを築くことで、ビジネスの可能性を拡大することができます。
③ 事業のアイデンティティを可視化して共有する
また、事業のアイデンティティを可視化し、それを共有することも効果的な実践方法とされています1。事業の核心的な価値や目的を明確にし、それをチームやパートナーと共有することで、全員が同じ方向に向かって努力し、効果的な結果を達成することができます。
エフェクチュエーションの実践方法は、不確実性の中での効果的な意思決定と行動を促進し、市場の新しい可能性を探求することを目的としています。実際の行動を通じて、エフェクチュエーションの理論を深く理解し、実践することで、新しいビジネスチャンスや市場創造の可能性を最大限に引き出すことができます。
エフェクチュエーションと似た理論やモデル (Theories and Models Similar to Effectuation)
エフェクチュエーションは起業家精神の領域から生まれた数少ない理論の一つであり、特定の他の理論やモデルといくつかの類似点を持っています。
① コーゼーション (Causation)
コーゼーションは、これまで論理的・合理的と考えられてきた経営判断の思考パターンを指し、エフェクチュエーションと対比される論理です1。コーゼーションは、明確な目標を設定し、それに向かって努力するアプローチを取ります。一方、エフェクチュエーションは不確実性を受け入れ、利用可能なリソースを基に新しい機会を探求するアプローチを取ります。
② ディスカバリードリブンプランニング (Discovery-Driven Planning)
ディスカバリードリブンプランニングは、エフェクチュエーションと比較されることがあり、これらの理論間の類似点、相違点、強さ、弱さ、重複、およびギャップが9つの主要な概念的次元に沿って探求されています2。これは、起業家の方法論の領域を、学者と実務家の両方にとってより理解しやすい方法で整理するプロセスを助けます。
③ ナイトの不確実性と起業家精神の理論、およびシェーンとヴェンカタラマンの機会の概念化
エフェクチュエーションは、ナイトの不確実性と起業家精神の理論、およびシェーンとヴェンカタラマンの起業家精神の機会の概念化の上に構築されています3。これらの理論はエフェクチュエーションの基盤を形成し、起業家精神の領域における新しい機会の探求と理解を促進します。
④ リバイズドウプサラモデル (Revised Uppsala Model)
エフェクチュエーションとリバイズドウプサラモデルは、企業が市場における不確実性の低いレベルを認識する場合に支配的な行動を示すと指摘されています4。これらの理論は、企業の国際化のプロセスと起業家精神の活動の間に存在する関係性に焦点を当てています。
これらの理論やモデルは、エフェクチュエーションと同様に、企業家や組織が新しい機会を探求し、不確実性の中で効果的な意思決定を行う方法を提供します。さらに、これらの理論はエフェクチュエーションの理解を深め、起業家精神の領域におけるその適用を拡大する助けとなります。
エフェクチュエーションを活用した事例 (Case Studies Utilizing Effectuation)
エフェクチュエーションの原理は、実際のビジネスシーンでも多くの企業や組織によって活用されています。以下にいくつかの具体的な事例を紹介します。
① 亀田製菓株式会社
亀田製菓株式会社は、エフェクチュエーションの理念を活用し、企業の新しい取り組みやプロジェクトに対するアプローチを見直しています。具体的な事例に関する情報は限られているものの、エフェクチュエーションの原則が企業の戦略や意思決定にどのように影響を与えているのかを理解する助けになります1。
② ネスレ日本株式会社
ネスレ日本株式会社もまた、エフェクチュエーションの原則を活用し、企業の新しいプロジェクトや取り組みに対するアプローチを形成しています。これらの事例は、エフェクチュエーションが実際のビジネスシーンでどのように利用されているのかを示すものであり、他の企業や組織がエフェクチュエーションの原則をどのように活用できるのかについての洞察を提供します1。
③ スリーエム社「ポスト・イット」
スリーエム社は「ポスト・イット」の開発においてエフェクチュエーションを活用しました。当初は強力な接着剤の開発を目指していましたが、偶然により「よくくっつくが剥がれやすい」接着剤が生まれました。失敗作と捉える代わりに、この接着剤を利用し、何度も貼り直しができる付箋として製品化しました。この事例はエフェクチュエーションの「許容可能な損失の原則(Affordable Loss)」を良く示しています2。
④ 浪花屋製菓「柿の種」
浪花屋製菓は「柿の種」の開発においてエフェクチュエーションを活用しました。あられを製造する際に使用する金型を誤って変形させてしまいましたが、そのまま使用してできた商品を販売しました。顧客から形が柿の種に似ているとの声があり、これをヒントに商品改良を重ね、ロングセラー商品となりました。この事例もエフェクチュエーションの原則を活用することで新しい価値を生み出すことができることを示しています2。
エフェクチュエーションの強みと弱み (Strengths and Weaknesses of Effectuation)
エフェクチュエーションの理論は、起業家や経営者が不確実性の高い環境で効果的な意思決定を行うためのフレームワークを提供します。しかし、この理論も強みと弱みを持っています。以下にそれぞれの側面を詳細に解説します。
① 強み: 不確実性の管理
エフェクチュエーションは、不確実な状況下での意思決定をサポートすることが強みとされています。特に、起業の初期段階や新しいプロジェクトを開始する際には、未来が予測困難であるため、この理論が効果を発揮します1。
② 強み: 起業家の経験と知識の活用
エフェクチュエーションは、起業家の既存の経験や知識を最大限に活用することを推奨しています。これにより、起業家は新しい機会を見つけたり、リソースを効果的に活用したりすることができます1。
③ 弱み: 実証研究の不足
エフェクチュエーション理論は比較的新しいものであり、十分な実証研究や批判的分析が行われていないと指摘されています2。
④ 弱み: 理論の範囲
エフェクチュエーションは主にデザインの原則として説明されており、ベンチャー創造プロセスの説明としては限定的であると考えられています3。
これらの強みと弱みを理解することで、エフェクチュエーション理論がビジネス環境にどのように適用できるのか、またどのような場合には適用困難であるのかを把握することができます。
まとめ
本コラムでは、エフェクチュエーションという概念に焦点を当て、その定義、背景、実践方法、関連理論、活用事例、および強みと弱みについて詳細に解説しました。エフェクチュエーションは、不確実性の高い状況下での意思決定フレームワークを提供し、起業家や経営者に新しい機会の探求と効果的なリソース活用の支援をします。
エフェクチュエーションの理解と実践は、起業家精神の推進、新しいビジネスモデルの開発、および組織の戦略的方向性の確立に貢献できます。実際のビジネスシーンでは、エフェクチュエーションの原則が多くの企業や組織によって成功裏に活用されています。しかし、この理論もいくつかの弱点を持っており、特に実証研究の不足や理論の範囲の限定性が指摘されています。
エフェクチュエーションは、ビジネスリーダーが直面する現代の課題と機会に対応するための有用なフレームワークを提供し、新しい市場機会の探求と創造に有益です。この理論の深い理解と適切な実践は、企業や組織が競争力を持続し、持続可能な成長を達成するのに助けとなるでしょう。
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